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2008年9月20日 (土)

「幸福な偶然(セレンディピティ)」をつかまえる

ご存知、聖路加国際病院の日野原先生の本です。

『「幸福な偶然(セレンディピティ)」をつかまえる』 著:日野原重明

セレンディピティ(serendipity)とは…英国の作家ホーレス・ウォルポールによる『セイロンの3人の王子』という古いおとぎ話からの造語。
宝探しの旅に出た主人公達は、探し物に出会わなかったが人生に必要な知恵や勇気(思いがけない宝物)を自分の中に発見する。
あてにしてないが良いものを偶然見つける才能。
掘り出し上手。

日野原氏の本は以前に1冊読んだことがあります。
健康に関する本だったので、特に目新しい項目もなく、さらっと読んで終わったという感想でした。
牛乳反対派の私にとっては、「そうなのかな…???」と思う項目もあり、日野原氏の著書は読むこともなく、日野原氏自身もほとんど知らないという状態。
(クリスチャンだということも知らなかったのでしたcoldsweats01

図書館で『serendipity』という言葉に惹かれて借りてしまった本ですが、これこそserendipityかも。

全編がserenndipityに基づいて書かれています。
そして、この本を通して日野原氏が、「誰でも身近なところにserendipityが転がっているんだから、是非つかまえて(音楽でいう)クレッシェンドの人生(長生きすればするほど良い人生)にして下さい。」と言っているように感じます。

(以下抜粋)

種を蒔く人が種蒔きに出て行った。
蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。
他の種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。
しかし、日が昇ると焼けて、根が少ないために枯れてしまった。
他の種は、良い土に落ち、実を結んで、あるものは100倍、あるものは60倍、あるものは30倍にもなった。
良い土地に蒔かれたものとは、言葉でを聞いて悟る人であり、あるものは100倍、あるものは60倍、あるものは30倍の実を結ぶのである。(マタイによる福音書13章)
という言葉がります。
人間は全てさまざまな遺伝子を持っていますが、皆さんの遺伝子は正しく伸びられないことが多々ある。
皆さんの畑になる家庭、学校、地域社会などが良き畑になれば、遺伝子は伸びるのです。
学校に行くことが大切なのではない。
才能を伸ばす正しい土壌を探すことが大切なのです。
畑を作ることが新しい教育の基本になるべきだ、と私は言い続けてきました。
より良き畑作りを論じる時にいつもタブー視されるのは、宗教です。
教育の場に宗教あんんてとんでもない、と宗教を否定するグループが根強くあります。
私がいう宗教は、もっと広い意味です。
月を見、太陽を見、空を見、海を見て、誰が一体こんなものをつくったのか、と感じる心です。
星の運行には、ちゃんと規則がる。
これを偶然と考えるか、規則性を見出せるのではないかと考えるのとでは、大きな違いがあります。
人間が考える上で最高の叡智は、宇宙の法則を謙虚な気持ちで受け止めることだと私は思います。
人間を超えた大きな知恵がこの世にはあって、その知恵のもとにすべてが運行している。
私たち人間は小さい存在であって、宇宙には大きな知恵がある。
その偉大な知恵とシステムを持つ地球を汚さないようにするのが、私たちの仕事であり、使命である。
宇宙の素晴らしい叡智という抽象的なものに対し、キリスト教では神様、仏教では仏様といった存在に託して教えるのです。
自然を支配しているのは、霊的なこと、スピリチュアルなことだ。
このことを子供に教えないとタガが外れた人間ばかりになってしまいます。

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私に父が教えてくれた、こんな言葉があります。
父は明治時代、米国のデューク大学に留学していました。
ここでの大学院時代に学んだ、英国の宗教詩人ロバート・ブラウニングの「アブト・ヴォウグラー」というしの中お一節から想起したもので、私の大切な指針です。

何でもビジョンは大きくしなさい。
天空に大きな円を描きなさい。
その円は、あなたの代で完成することは出来ないかもしれない。
でも、あなたはその大きな円の弧になることが出来る。
小さな円だったら、自分一人で描き切ることが出来るでしょう。
しかし、それは小さな小さな円でしかない。
大きな円は、次に従う人さえ作っておけば、大きな円として実感されるのです。

大きな円の弧になる覚悟と、誰が反対しても私はやるんだという勇気を持つ、これが自分の生きてきた成果を後世に残すために必要なことです。

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勇気を持った行動をベンチャーといいます。
ベンチャー精神で日常を生きているか否かが、幸福な偶然を捕まえられるか否かの境目といえるでしょう。

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(江崎玲於奈氏「正論」のインタビューより)

一般に日本の社会はリスクを嫌います。
やり直しも利きにくい。
しかし、英語ではクリエイティブ・フェイリア。
創造的失敗という言葉があるんです。
『非常に創造的だが失敗する』『色々な挑戦をするが失敗する』と。
我々が創造性を養うには、やはり失敗を恐れず挑戦し、やり直しが利く、そういう社会にもっていく必要がある。
創造性はケース・バイ・ケースであり、ある新しいものをうまく見つける能力、セレンディピティです。
チャンスがあったら、企業でも研究でも同じです。
試行錯誤を繰り返し、悪戦苦闘して、何かその中に光彩を放つような解決がある場合がある。
要するにチャンスがある。
その機会をどう掴むかが重要です。
皆さんも試行錯誤を繰り返し、『創造的失敗』を恐れないことです。

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ところが、ピーソン先生(留学先で師事した先生)はこう答える。
「私は知らないが彼に聞いてごらん。
あの医局長のほうがよく知っているから。」
教育とは、解答を与えるのではなく、解決方法を学生に与えれば良い、と教えられました。
それから彼らは専門医であれ、議論の幅が非常に広い。
日本ではスペシャリストはどんどんわが道に進んで、重箱の隅をいかにほじくるかに終始してゆくから、専門領域は狭まるばかりです。
ところがアメリカでは、内科一般を見渡す目線の高さをもって議論しています。

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2000年9月に設立した「新老人の会」の組織拡大と、いささか大げさになりますが「新老人の会」の思想の普及にもますますアクセルをかけていきたいと思っています。
その思想とは次の三つです。
一、愛すること
二、創める(はじめる)こと
三、耐えること
一生懸命に家族や大切な人たちを愛し、何かいつも自分に新しいことを創める気力を持ち、そしてこの困難な時代を嘆くのではなく、流れを見極め、耐え、果敢に挑戦していく…そんな人生の理想を捨てたくありません。
幸福な人生は偶然で出来ているのではなく、偶然をどう生かすか、にかかっているのですから。

(以上抜粋終わり)

今日は抜粋ばかりで終わってしまいましたが、それほどに深い本でした。
この本との出逢いこそがserendipityになりますように…。

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